スポーツに興味の無い私が、テレビの甲子園の野球を一生懸命みたときがありました。
地元の都立の進学校 都立国立(くにたち)高校がでた1980年の夏の甲子園です。
多摩郊外にある都立国立高校は、東京都の中心部にある都立西高校や都立日比谷高校と比べるとややマイナーではあるものの、他の学区の都立立川高校、都立国分寺高校と並ぶ進学校で、該当学区の公立中学校のトップクラスは国立高校へ行き、東大をはじめとする有名大学へ進学します。このため、その進学校、しかも(設備もお金もない)都立高校が甲子園に行くというのは多摩エリアの”大事件”でした。
すると、当時の国立高校の女子マネージャーだった人がとても身近にいたことが発覚します。それが8月29日に神谷バーで講演をする木村恭子さんです。
先日神谷バーで行った8月29日の打ち合わせを早々に切り上げ、以前から不思議だった「国立高校甲子園へ行く」の秘密について聞いてみる事にしました。絶対、何らかの要因を作った人だと思ったからです。
「私が連れて行ったというと語弊があるけれど、貢献してると思うな」と木村さん
甲子園へ行けた大きな理由のひとつが、日大三高や国学院久我山など、当時の強豪と次々に練習試合を重ねていったことだろう、といいます。
練習試合を仕掛けた木村さん曰く
「強豪校の野球選手は、当時のわが野球部員と比べて『同じ高校生なの?!』と思えるほど、ガタイがよく、格好よく見えたんだよね。彼らとお近付きになれば、我が部にも絶対いいことがある、と直感で思ったの♪」
本来なら練習試合さえも断られそうな強豪校。意外とあっさり受けてくれた背景には、各校とも膨大な選手を抱えており、二軍・三軍の練習相手になるからだったのではないか、と言います。試合を重ねるうちに国立高校も勝つようになり、選手本人も自信がついてくる。そして自ら必要なトレーニングをこなすようになる。それを続けたら強くなってしまったらしい。というのが木村さんの分析。
その後も、食事管理を行って選手に効果的にスタミナをつけ予選の決勝戦に望んだり、甲子園へ行く為の寄付金を女子高生とは思えない額を集めるなど、次々に敏腕ぶりを発揮。
大きな夢を実現するために、小さな目標を達成していく。少し「経済」の話とは異なりますが、木村さんのパワーの片鱗を感じた武勇伝でした。
◇国立高校同窓会の甲子園特集ページ
http://www.kunikou.jp/koushien/k_top.html (女子マネージャー、が木村さん)
◇8月29日opnlab「経済、これだけ知っていれば生きてゆけます。@神谷バー」
http://www.opnlab.com/events/kimukyo
(おまけ)
ちなみに「もしドラ」も都立高校が甲子園にいく話しですが、冒頭の部分に「都立高校で甲子園にいったのは国立高校くらい・・・」というくだりがあります。
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